【コンサート開催録】2021.10.24 佐藤彦大さん

GROTRIANの隣に立つ佐藤彦大さん

今回、3度目のピアナリウムにご出演いただき、さらに新たな魅力を発信してくださいました。

<第1回目>4月にバイオリン黒川侑さんとフランクのヴァイオリンソナタやイタリア組曲などを共演

<第2回目>6月、ピアノソロでバッハのトランスクリプションやシューベルトのソナタを演奏

index

プログラム

シューベルト: ピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調 Op.53 D850ショパン:舟歌 嬰ヘ長調  Op.60

     ポロネーズ 第1番 嬰ハ短調 Op.26-1

     前奏曲 第15番 変ニ長調 Op.28-15「雨だれ」

     バラード 第3番 変イ長調 Op.47

     夜想曲 第13番 ハ短調 Op.48-1

     ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄」

【アンコール】

ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女

グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日

 佐藤さんは東京音楽大学と桐朋学園大学でも教えていらっしゃり、多くの門下生が聴きにいらしてくださるので(黒川さんとのデュオ公演も6月のピアノソロ公演もいらしてくださいました)、素晴らしい演奏家であるだけでなく素晴らしい指導者でいらっしゃることを確信しました。

当日のリハーサルでは、特にシューベルトのソナタをほぼ終始、歌いながら弾いていらして、本番もとても楽しみでした。

佐藤さんを初めて聴くお客様や、ピアナリウムに初めてお越しいただいた方々もいらっしゃり、いよいよ本番が始まりました。

いつもよりやや固めの表情でピアノの前に座り、シューベルト(1797-1828)のソナタを弾き始めました。

「ソナタ第17番 D850」は1825年、シューベルト28歳の作品です。オーストリアにある温泉地バート・ガスタインで作曲されたことから「ガシュタイナー・ソナタ」と呼ばれています。

転調が多く、少しせわしなくあちこちへ気持ちがとぶような第1楽章、歌曲のような第2楽章(何か懐かしいようなメロディだと思ったのは、スウェーデン民謡の「むなしく老いぬ」という素敵なメロディに似ていると思ったからでした)、符点のリズムが印象的な第3楽章はシューベルト作曲「ウィーンの夜会」風です。ラジオ体操のように始まり、ものすごい集中力で演奏した第4楽章。ピアニスト佐藤彦大さんとシューベルトについて、また新たな発見をさせてもらいました。

後半は、オールショパンでした。しかも、舟歌~ポロネーズ第1番~雨だれ(前奏曲)~バラード第3番~ノクターン第13番~英雄ポロネーズの6曲の作品を、まるでコンクールのように一気に演奏されました。

佐藤さんの「舟歌」は4月の公演以来、2度目でしたが、強弱など一段と表情がつけられていて、それでいて細かくなく、大きな一つの流れになっていて、ほんとうに素晴らしい舟歌でした。

「ポロネーズ第1番」は決然としていました。

「雨だれ」はしっとりと、たんたんとしているのに、盛り上がるところではグロトリアンをしっかり鳴らしてくださり、ポロネーズの後に心の溜めのように感じました。

つぎの「バラード第3番」は前半に何度かある盛り上がりを抑えめに弾いているように聴こえ、クライマックスは華やかになるのでは?と予想しましたが、そうではなく、品の良い華麗さが、わりとあっさりとした味付けに感じました。

そして、「夜想曲第13番」。ハ短調の左手の低音の刻みと右手の美しいメロディから始まる、その4つの和声だけで充分に胸をつかまれます。2021年10月はショパン国際ピアノコンクール(以下ショパンコンクール)で大勢のコンテスタントが弾いたこの13番の夜想曲を、動画配信で何回も聴きましたが、佐藤さんの弾く夜想曲第13番は最高でした。

そしてそしてお待ちかね、最後の「英雄ポロネーズ」。これもショパンコンクールでは多くのコンテスタントが自分の持ち時間の最後に華々しく終わる曲として選曲していましたが、佐藤さんの弾く英雄ポロネーズも、グロトリアンの音量がどんどん増していきました。スピードも程よい速さで文字通り華々しく盛り上がりました。

ショパンの魅力とは、弾く人によって全く違う曲にしてしまうことができることではないでしょうか。

佐藤さんはこの日、「ピアノの蓋を全開にして弾くと、音が鳴りすぎてしまう」とおっしゃって、専用の埃除けマットと、倒した譜面台を置いたまま演奏されたのでした。

それでも最後の「英雄ポロネーズ」は充分にグロトリアンが鳴っていて、ご自分でも「リハーサルの時よりさらに鳴ってきた」とおっしゃいました(ピアナリウムとしては褒めていただいたようで大変嬉しかったです)。

それで、バラード第3番の音量も英雄ポロネーズに向けてコントロールされたのだと合点がいきました。佐藤さんのショパンの選曲もそうですが、この6曲全部で一つの曲のような配置も、見事に考えられていると思いました。

プログラム曲を全て弾き終えて、再びピアノの前でお辞儀をされると、ピアノの椅子に客席の方を向いて座られ、こう話し始めました。「・・ということで、今日は前半はシューベルトのソナタを、後半はショパンをお届けしました。シューベルトの17番ソナタ(✴︎)については、作家の村上春樹が本に書いています。(このことについては調べたことをできるだけ後述しました)第2楽章はシューマンも”天国的な長さ”と言っています。第3楽章はスケルツォで8~9分、第4楽章は可愛らしいのに最後はピアニッシモで終わる、という不思議な曲ですが、勉強していくうちに好きになってきました」とおっしゃいました。

また、「後半はオールショパンでした。今日の公演は6月に決まりましたが、ショパンコンクールが今年の10月に行われることまで認識しておらず、ショパンコンクールに喧嘩を売っているような形になってしまいましたが、演奏いたしました。」(拍手)

「アンコールは私が録音したCDアルバムから演奏いたします」と、2曲を披露してくださいました。

お客様からの感想

あんなに至近距離で、ピアニストの息遣いや汗まで見えて、最初から最後まで圧倒されっぱなしでした。
最近はコロナのことや娘の受験など心配事が多くてモヤモヤしていたのですが、素晴らしい演奏にひととき心癒されました。

舟歌がとてもよかったです。
他のピアニストの舟歌は単調に感じるのですが、佐藤さんの舟歌は左手が単調にならず、聴いていて体が自然に揺れる感じで楽しめました。

(門下生のお一人に伺ってみました。)
素晴らしい演奏でした。シューベルトのソナタがよかったです。

夜想曲第13番が始まった途端、感情が込み上げてきて、マスクの中で涙が溢れました。忘れられないノクターンになります。

✴︎ シューベルトのピアノソナタ 第17番  ニ長調 D850についての引用

吉田秀和氏の著書を読んでいて、たまたまニ長調のソナタについての興味深い言及を見かけた。内田光子のこの曲の録音に対する評論として書かれたものである。ちょっと引用してみる。

「私はイ短調(16番D845)のソナタは身近に感じる音楽として昔から好んできいてきたが、ニ長調(17番D850)の方はどうも苦手だった。第1楽章からして、威勢よく始まりはするものの、何かごたごたしていてつかみにくい。おもしろい楽想はいろいろとあるのだが、いろいろと往ったり来たりして、結局どこに行きたいのか、と問いただしたくなる。もう一方のイ短調ソナタに比べて言うのは不適当かもしれないが、しかし、このソナタが見事にひきしまっていて、シューベルトもこんなに簡潔に書けるのにどうしてニ長調はこんなに長いのかと、歯がゆくなる。シューベルトの病気の一つといったらいけないかもしれないが、ニ長調ソナタは冗漫にすぎる。こんなわけで、私はこのソナタは敬遠してこちらからわざわざきく機会を求めるようなことはしないで来た。(途中略)だが、今思い切って、きいてみて、はじめて気がついた。これは恐ろしいほど、心の中からほとばしり出る『精神的な力』がそのまま音楽になったような曲なのである(後略)」(吉田秀和『今日の一枚』新潮社 2001)

─── まさにそのとおりだ。このニ長調のソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵(かし)を補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある。そのほとばしりが、作者にもうまく統御できないまま、パイプの漏水のようにあちこちで勝手に漏水し、ソナタというシステムの統合性を崩してしまっているわけだ。しかし逆説的に言えば、二長調のソナタはまさにそのような身も世もない崩れ方・・・によって、世界の「裏を叩きまくる」ような、独自の普遍性を獲得しているような気がする。結局のところ、この作品には、僕がシューベルトのピアノ・ソナタに惹きつけられる理由が、もっとも純粋なかたちで凝縮されている ─── あるいはより正確に表現するなら拡散している・・・ということになるのだろうか ─── ような気がするのだ。

村上春樹エッセイ集『意味がなければスイングはない』(文藝春秋2005)より

「僕は運転しているときには、よくシューベルトのピアノ・ソナタを大きな音で聴くんだ。どうしてだと思う?」

「わからない」と僕は言う。

「フランツ・シューベルトのピアノ・ソナタを完璧に演奏することは、世界でいちばんむずかしい作業のひとつだからさ。とくにこのニ長調のソナタはそうだ。とびっきりの難物なんだ。(途中略) 統一性ということを念頭に置いて聴いてみると、僕の知るかぎり、満足のいく演奏はひとつとしてない。これまでに様々な名ピアニストがこの曲に挑んだけれど、そのどれもが目に見える欠陥を持っている。(途中略)」 

「曲そのものが不完全だからだ。ロベルト・シューマンはシューベルトのピアノ音楽の良き理解者だったけど、それでもこの曲を『天国的に冗長』と評した」

「シューベルトというのは、僕に言わせれば、ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽なんだ。それがロマンティシズムの本質であり、シューベルトの音楽はそういう意味においてロマンティシズムの精華なんだ」(途中略)

「シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。(後略)」

村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社2002)より

村上春樹さんがエッセイに書いたり小説の登場人物の言葉を借りて、シューベルトのピアノソナタ第17番がとりわけ好きだということを書いているのと、佐藤さんが今後もこの曲とじっくり向き合っていきたいとおっしゃっるので、私たちもシューベルトのピアノ・ソナタ第17番 ニ長調を折に触れて聴いていきたいと思います。

 佐藤さんの素晴らしい音楽がこのピアナリウムの空間に響き渡り、お客様がまた聴きたいと思われ、演奏家の方もまた弾きたいと思ってくださり、思いや感動が共有され、たいへん光栄で嬉しい限りです。

今後も、佐藤さんのすばらしいコンサートを企画させていただきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
index